多嚢胞性卵巣症候群について
月経不順でお悩みの方の中には、「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS;polycystic ovary syndrome)」という疾患にかかっている方もいらっしゃいます。PCOSでは、超音波断層検査で少なくとも片方の卵巣に小さな卵胞(2~9㎜程度)がたくさん見られます。
PCOSを発症すると、排卵がスムーズに起こらなくなり、様々なホルモン異常を併発します。排卵がうまくいかなくなるので、月経不順や不妊症も引き起こします。
日本では、生殖年齢女性の6〜10%にPCOSがあると報告されています。
多嚢胞性卵巣症候群の症状
海外のPCOS患者の中には、血中の男性ホルモン値が高くなることで「肥満」や「毛深くなる」などの症状がよくみられますが、日本では、「肥満」・「毛深くなる」といった症状が現れるPCOS患者は、全体の約20%程度です。日本のPCOS患者の場合は、月経不順や不正出血、無月経、不妊、にきびが出来やすいといった症状を訴える方が多い傾向にあります。
多嚢胞性卵巣症候群の診断基準
日本産科婦人科学会の生殖・内分泌委員会によると、以下の「3項目」を「全て満たした」場合、PCOSと診断されます。
- 月経異常(月経不順、無月経)
- 卵巣に小さな卵胞がたくさんある(多嚢胞所見)
- 高アンドロゲン血症(血中の男性ホルモン値が高い)、またはLH(黄体形成ホルモン)値およびFSH(卵胞刺激ホルモン)値が基準値より高い
※LH値やFSHなど下垂体ホルモンは、月経周期によって変動します。そのため、月経開始3日目前後に、ホルモン値を測る血液検査を行います。ただし、経口避妊薬(中用量ピルなど)を服用している方で、月経が始まった直後の場合、経口避妊薬の働きによって下垂体ホルモンの分泌が抑えられているため、検査結果の正確性において問題が生じます。そのため、経口避妊薬を服用されている患者様につきましては、月経開始から7~10日目に血液検査を行います。
多嚢胞性卵巣症候群に併発する内分泌異常
高プロラクチン血症
PCOSにかかっている方の約10~30%が、高プロラクチン血症を併発する傾向にあります。
プロラクチンの分泌が亢進(必要以上に高値になること)すると、出産したわけでもないのに母乳が分泌される「乳漏(にゅうろう)」が起きたり、高温期が短くなる「黄体機能不全」が生じるケースもあります。
また、高プロラクチン血症は、排卵障害を引き起こす原因にもなるホルモン異常です。プロラクチンが上昇し続けると、排卵誘発剤の効果が弱くなってしまうので、卵胞発育が起きなくなったり、排卵前に起こる「LHサージ(排卵を起こさせる黄体形成ホルモンが突然、大量に分泌されること)」が妨げられたりします。これは、黄体化未(非)破裂卵胞(LUF)の原因につながることがあり、注意が必要とされています。
なお、プロラクチンは夜間に分泌が亢進されるため、日中の採血では異常が発見されずに、夜間のみプロラクチンが高くなる「潜在性高プロラクチン血症」もあります。そのため、排卵誘発剤への反応がいまひとつの患者様には、ホルモン負荷試験を実施して「潜在性高プロラクチン血症」の有無を調べる場合があります。
インスリン抵抗性
PCOSがある方の場合、血糖を下げる働きのあるインスリンの血中濃度が、PCOSでない方と比較して、上昇傾向にあると報告されています。これはインスリンが効きにくくなる(インスリン抵抗性)ことで、血液中のインスリン濃度が上昇したものと考えられます。
インスリン抵抗性があると、将来「2型糖尿病」へ移行するリスクが高まり、妊娠時には「妊娠糖尿病」にかかりやすくなります。また、高インスリン血症はIGF-Ⅰを介して「LH(黄体形成ホルモン)」の感受性を高めるため、PCOSでLH値の高い方の場合は、LHが本来持っている「男性ホルモン(アンドロゲン)の産生亢進」作用が、より強く現れてしまいます。
アンドロゲン濃度が高まると、卵胞発育抑制や卵質低下のリスクも上昇するため、PCOSにおける難治性の排卵障害や流産率の上昇に関係していると言われています。
日本産科婦人科学会の生殖・内分泌委員会が提言している、PCOSの治療指針では、インスリン抵抗性がある場合は、インスリン抵抗性を改善させる効果がある「メトフォルミン」の処方を推奨しています。メトフォルミンの処方により、排卵障害の改善が見られる場合もあります。
PCOSによる排卵障害を改善させるには、このインスリン抵抗性がないかを検査することが極めて重要です。
多嚢胞性卵巣症候群の治療法
運動療法(肥満の方は減量)
PCOSにおいて、根本的な治療法は確立されていないものの、その病態が耐糖機能異常(糖尿病など)と深い関係にあると判明しているため、糖尿病の治療に用いられる経口血糖降下剤の使用や運動療法による減量等も一定の効果があるとされています。肥満(BMI 25kg/m2以上)がある方は、減量を目的とした運動療法を行ってみましょう。
BMIの計算方法は以下の通りです。ぜひ一度確認してみましょう。
【体重(kg)】÷【身長(m)×身長(m)】
薬物療法
経口排卵誘発剤(クロミフェン、レトロゾール)
クロミフェン(CC)とは排卵誘発剤の一つで、脳の視床下部を刺激する飲み薬です。
クロミフェンは体内に元々存在する「エストロゲン(内因性エストロゲン)」に似た構造をしている薬剤で、内因性エストロゲンを押しのけて視床下部のエストロゲンレセプターに結合します(内因性抗エストロゲンに対する拮抗作用)。すると、クロミフェンがエストロゲンレセプターをブロックして、視床下部の細胞に誤って血中のエストロゲン濃度低下の情報を発信することで、GnRHの放出を促します。こうして、下垂体からFSHをたくさん分泌させることで、卵胞の発育を促進させ、結果として過排卵につなげます。
また最近は新たな経口排卵誘発剤として、レトロゾール(LTZ)を使用する場合も多くなっています。レトロゾールは卵巣顆粒膜細胞においてテストステロンからエストラジオール(E2)が産生されるのを抑制することで、下垂体からのFSH分泌を促進します。こうしたメカニズムにより卵胞を発育させますが、基本は単一卵胞発育となります。
副作用(主にクロミフェン)
- のぼせ
- 腹部緊満感
- 乳房の不快感
- 発疹
- めまい
- うつ状態
- 多胎妊娠(他排卵が起きることで、双子になる確率が若干上昇します)
- 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
- 頸管粘液の減少(長期服用で起きやすくなります)
- 子宮内膜が厚くならない(長期服用で起きやすくなります)
など
※稀ではありますが、視野や視力の異常が見られることもあり、こうした症状が現れて時には服薬を中止いたします。
また、クロミフェンには卵胞径が大きくなってから排卵することから、黄体化未破裂卵胞(LUF:Luteinized Unruptured Follicle)を引き起こすリスクがあります。
月経時に重大なLUFがみられた場合は、「LUFを針で穿刺(せんし:体液を取り除くために針を刺し入れること)吸引してから治療周期を始める」か「その周期の治療を中止して経口避妊薬を処方する」のどれかを選択します。また、レトロゾールにはこれらの副作用を認めない場合が多いです。
性腺刺激ホルモン剤(注射)
性腺刺激ホルモン剤は主に、「閉経後女性尿由来の製剤」と、「遺伝子組み換え型の製剤」の二種類に分けられます。現在は安全性や効果を考慮したうえで、遺伝子組み換え卵胞刺激ホルモン(recombinant FSH)が主流になってきています。ただし、一回あたりのホルモン注射量を多くしたり、同じ量の注射を打ち続けたりすると、過排卵が引き起こされ、卵巣過剰刺激症候群や多胎のリスクが高まるため、注射の量・回数は厳格に決めていくことが重要です。
FSH製剤による排卵誘発
皮下注射(自己注射も可能)または筋肉注射の排卵誘発剤です。FSH製剤(わずかにLHを含むpFSH製剤とrecombinant FSH)とHMG製剤(LHとFSHの両方を含む)がありますが、PCOSの方にHMG製剤を投与すると、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが上昇してしまうため、通常FSH製剤のみのrecombinant FSHを選択します。このFSH製剤は、近年自己注射ができるタイプも普及されているため、通院の頻度も少なく、卵巣に直接働きかけ、卵胞の発育を促すことができます。
FSH製剤の副作用は、以下の通りです。
- 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
- 多胎妊娠
カウフマン療法
エストロゲン(卵胞ホルモン)製剤とプロゲステロン(黄体ホルモン)製剤の内服(または注射)を3~6か月繰り返す療法です。規則的な月経周期を作るのを目的に行います。
治療後は、きちんと規則的な排卵・月経が起きているかどうか、ホルモン採血と超音波検査で確認していきます。特に軽症のPCOSの治療では有効だと言われていますが、効果が一時的なもので終わる可能性もゼロではありません。
LEP(低用量ピル)
カウフマン療法と同じですが、より女性ホルモン含有量の少ない薬剤を用いるため、合併症も少なく長期間での服用が可能です。LEPにはPCOS発症で生じる高LH(黄体化ホルモン)状態を改善させる働きがあるため、妊娠を希望される方には推奨します。
LEPは避妊薬であるのと同時に、月経痛やPMS(月経前症候群)の症状を抑える薬でもあります。また、卵巣がんや子宮体がん、良性の乳房疾患、骨盤内感染症の予防効果もあると言われています。
漢方薬
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)や、加味逍遙散(かみしょうようさん)、温経湯(うんけいとう)などが代表的です。他の治療法との併用療法として活用すると、より効果を発揮します。
メトフォルミン
特に、糖代謝異常や肥満体型の方に推奨される薬です。PCOSによる不妊症の方で、かつクロミフェン抵抗性(クロミフェンで排卵しない)を持つ方の場合、メトフォルミンで改善されることもあります。
手術療法
腹腔鏡下卵巣多孔術 (LOD)
腹腔鏡(腹腔内にカメラを入れる手術)で、レーザーまたは電気メスを使って卵巣に複数の小さい穴をあける手術です。PCOSに対する治療効果は高く、特に薬物療法での改善が難しい時に選択します。LODのメリットとデメリットは以下の通りです。
メリット
- 1年以内に50%以上が妊娠する
- 多胎妊娠とOHSSの合併リスクが抑えられる
- 主なホルモン異常が元に戻る
- クロミフェンが効く体質になる
- 70%以上の確率で自然排卵が起こる
- ゴナドトロピンに対する反応が改善される
- 腹腔内病変の診断と治療が同時並行で行える
デメリット
- 手術による身体的ダメージ
- 手術・入院費用が発生する
- 効果の予測が難しい(個人差あり)
- 傷が残る
- 作用機序が未だに不明
- 効果の持続期間は3年程度
- インスリン抵抗性を改善させる効果はない
- 流産や妊娠合併症の予防ができない
体外受精
排卵はできるものの妊娠に至らない場合、または注射の効果が見られるものの卵胞数が多すぎて治療の継続が難しい場合に、体外受精を検討します。体外受精の場合は、採卵した受精卵を全て凍結保存するなどするため、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)などの問題を解決することが期待できます。詳しくは、薬物療法や手術療法とともに、当院スタッフが説明いたします。ご不明点等ございましたら、お気軽にご相談ください。